気温37度って予報が出てますぜ!


いや〜、梅雨が明けた途端、猛暑ですからね。
異常な天気ですよね。豪雨かと思ったら猛暑続き。。。両極端過ぎです。

 

猛暑といえば、、、

夏の一番暑い「大暑」の時期に行われるオートバイの祭典「鈴鹿8時間耐久オートバイレース」が7月最終日曜日に決勝レースが行われます。

いや〜、夏といえば「8耐」ですからね。
オイラ、1984年から脳梗塞になる2年前の2011年まで、ほぼ毎年行ってました。

初めて行った1984年。その人の多さと、会場の暑さにビックらコキました。
今でこそ観客席スタンドはキレイに整備され、トイレも冷房がきいて快適になってるんですが、当時は、スタンドといえばホームストレッチのグランドスタンド周辺しかなく、その他は芝生の斜面ですよ。トイレは、簡易トイレがアチコチに設置してあるんですが、もう、クセーのなんのって。
暑さで、さらに匂いがくさく漂ってくるんですよね。

翌1985年は、世界チャンピオンのケニーロバーツと日本チャンピオンの平忠彦がチームを組んで、あの〝異業種〟である資生堂の冠でYAMAHAから走るという話題。ものすごい人が来場したんですよね。推定25万人。もう、ぎゅうぎゅう。
普段ならスタート位置からヘアピンまで歩いて10分ほどが、当日は人の列が動かず、片道2時間近くかかりました。

 

幸運にも1988年〜91年は、8耐に関連した仕事を担当する事が出来、「仕事」として現地に出張。サーキットホテルに泊まったり、ピットにもお邪魔したり、グランドスタンド上の特別室でレース観戦したりという経験もしました。

折しも当時はバブル真っ盛りの時期。多くのタレントや歌手がレースの監督やイメージガールを務めたりしていて、オイラはミーハー丸出しで見入っていました。亡くなられた本田美奈子さんは、前夜祭で真夜中のコース上でライブをやられたりしてましたよ。

 

ある年、場内放送が「新沼謙治〜、すごいすごい、また1台ぬいた〜。トップに迫る勢いだ〜〜」と絶叫してまして。

清水国明さんなんかは、実際にライダーとしても出場した事がありましたが、まさかあの歌手の新沼謙治さんも出場されてるなんて。しかもTOPにせまる勢いなんて。すげ〜〜〜と思い、どのチームから出てるのかプログラムを開いて探すも、それらしい名前が見当たらない。

歌手の新沼謙治さんなら、プログラム上でも大きな扱いになってるはずだしね。んじゃ、同姓同名の日本人かなと思ったんですが、日本人ライダーにもそんな人は出場してない。

 

目を凝らしてよく探すと、、、
いました。ニール・マッケンジー。1991年当時のプログラムがコレです。

 

快適な場所で見るのもいいですけど、やはり8耐は炎天下のスタンドで、上半身ハダカで、頭には濡れタオルをかぶって場内実況をラジオで聞きながら見るのが鈴鹿らしくていいんですよね。時折、コップ1杯500円のバカ高いビールを飲んで、高校生のバイトが作る1パック500円の具がちょっとしか入ってない焼きそばを食うのが、鈴鹿なんですよね。

バイクの駐車場も、バカ広い土地に誘導されて止めるんですが、入るのも出るのもものすごい混雑で時間がかかる。ある年なんか、出るのに2時間以上かかりましたよ。

帰り道は、みんな殺気立ってるんですよね。
ヤクザ映画を見て出てくる客は、肩をいからせているのと同様、レースを見終わった人は信号待ちで数台バイクがならんだりすると、みんなが威嚇してエンジンをワンワンと吹かすんですよね。で、青になるかならないかでブワーーっと飛び出していくw
ちょっとしたコーナーなんかも、腰を入れてブワーーっと曲がっていく。
危なくて危なくて。。。

 

脳梗塞キャリアとなった今では、あんな過酷な場にはいけないので、もっぱら鈴鹿市のFMラジオ放送をネット経由で受信して雰囲気に浸りますよ。

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