神の子


スーパースターには、昔から決まった“称号”が、付けられていました。

プロレスで“燃える闘魂”といえば、アントニオ猪木。プロ野球で“ミスタージャイアンツ、燃える男”といえば、長嶋茂雄。F-1で“音速の貴公子”といえば、アイルトン・セナ。

世界で最も盛んなスポーツであるサッカーでも、スーパースターには特別な称号が付けられています。ペレには“キング”、ベッケンバウアーには“皇帝”、ミュラーには“爆撃機”、プラティニには“将軍”という称号が付けられています。

今朝、“天才”“神の子”という称号が付けられていたアルゼンチンのディエゴ・マラドーナが、心不全で亡くなったとの訃報が入ってきて、もうビックリしました。つい最近手術を受け静養中とのニュースが流れていたんですけど、あまりにも早すぎます。

現役引退後の不摂生ぶりは異常でしたし、現役終盤には麻薬にも溺れていたようですから、血管や内蔵・心臓への負担が大きかった事は想像できます。やはり無茶をしたら命を縮めますよね。

 

現役時代は、そらもう、すごい選手でした。1986年のメキシコW杯、買ったばかりのVHSデッキでアルゼンチン戦は全部録画しました。録画してるのに、いても立ってもいられず、徹夜してテレビを見てました。あの伝説となった「5人抜きゴール」も、リアルタイムで見てました。あの当時、もしツイッターがあったら、世界中が「Goooooooooooooooooool」のツイートで溢れかえっていたはずです。

Wikiより。

そのメキシコW杯でアルゼンチンを優勝に導き、翌年、イタリアのプロリーグ「セリエA」で所属チーム「ナポリ」を優勝させました。1990年イタリアW杯でも予想通りの活躍でアルゼンチンは準優勝。その絶頂期といっていい1988年にゼロックスの冠で「ナポリ」が来日、国立競技場で日本代表と親善試合を行いました。今で言う「キリンカップサッカー」的なものでしょうね。

実は、当時、思わぬところから思わぬ話があり、なんと仕事としてマラドーナと少し絡む事がありました。オイラと同期のもう一人とで、早速ナポリが宿泊していた東京・芝のプリンスホテルに大阪から駆けつけ、マラドーナと30分ほどの打合せを行いました。もう、夢のような時間でした。そしてその後、マラドーナと2ショットで写真を撮りました。普段マラドーナには周囲にカードマンやマネージャーなど10数人が貼り付いていて写真なんか絶対に撮らせてもらえないと聞いていたのに、意外にあっさりとカメラにおさまってくれ、めっちゃうれしかったのを昨日の事のように覚えています。

その写真は、通帳や年金手帳、生まれた時のへその緒など大事なモノを入れている引き出しに、厳重にしまっています。
もちろん、予備としてスキャナでデータ化し、スマホにも外付けHDDにも保存しています。家宝です。

 

そういう事もあり、HNを「マラどーな」にしています。

合掌。

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